セパタクロー:エクストリームスポーツとしてのイベントを企画

【魅せるセパタクローイベントを開催】

「足のバレーボール」「空中の格闘技」として知られる、東南アジア発祥の世界的スポーツ・セパタクロー。世界選手権3位など、高い実績を持つ日本代表チームとともに、セパタクローの盛り上げを支援する企画を行っています。

※セパタクローとは?
セパタクロー(SepakTakraw)は、東南アジア各地で9世紀ごろから行われている球技。
セパはマレー語で「蹴る」、タクローはタイ語で「ボール」を意味する。日本においては「籐球」ともいう。
ボールを手ではなく足(キック)や頭(ヘディング)で扱う点ではサッカーや蹴鞠を連想させるが、テニスやバレーボールなどと同様、境界にネットを置いたコートを使用することから『足のバレーボール』とも呼ばれる
<出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>

実績

// 蹴[kelu] (2008/03~)
ライブハウスや屋外スペースにて、世界初・日本発のセパタクローエクスリームイベントを実施。
「魅せる」セパタクローの活動の場所を提供。

//FLYING LEGS UNION (2008/09~)
日本セパタクロー協会事務局長の矢野順也氏とNPO法人KOMPOSITIONによる
セパタクロー支援プロジェクト。日本のセパタクローのポータルとして、イベント 蹴[kelu]や、オンラインショップ「セパ工房」の運営を活動の柱とするセパタクローのWEBサイトを企画、運営。


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【セパタクローイベント「蹴-kelu-」を仕掛けることになった全ての始まり=矢野順也氏へのインタヴュー】

Q. セパタクローは日本では盛り上がっていない状況ですが、それは何故だと思いますか?

野球だったら一番基本の“キャッチボール”が、セパではアタックよりも究極に大変なんです。競技として見たときにセパのなにが問題かというと、競技自体がすごく難しいんですよ。このレベルになっても未だに難しい。
お互いに蹴って寸分の狂いもなく同じ軌道で同じタイミングでっていうのが難しいんです。野球でもキャッチボールって入り口じゃないですか、セパでもそれは同じだけどその門がものすごく狭い。だから究極の熱意を持った人しか残らないんですよ。難しいというのは魅力なんだけど、ネガティブな部分でもあります。

Q. 自身日本代表として世界を舞台に戦って来て現在はセパタクロー協会の事務局長を務めているワケですが、今回のように独立したイベントを始めようと思った経緯を教えてください。

今までは競技のモノサシしかなかったんです。だから現状を打破するためには協会に入るしかないと思って中に入ったりもしたし、その後にメダルを世界レベルでとれば何かが変わるかもしれないと思っていた。アジア大会の時に男子と女子でメダルをとって、これで何かが変わるはずだと思ったけど何も変わらなかった。もう一回がんばってみようとそれから4年間がんばって、次の大会で女子がメダルをとってくれた。でもダメだったんです。
あの坂を登れば海が見えると思って登るんだけど、登りきったらまた違う坂があるだけ…という経験を散々してきました。競技者は自分たちが強くなる事が一番だとそれだけを信じてがんばってきたのに、このままじゃ危ない、皆がセパからはなれていくと思いました。セパがサッカーのワールドカップのようなものになって盛り上がってくるのを待ってたら、自分たちはそれこそ待つ事しかできない。だからもう待つしかないのはやめることに決めたんです。
元々kelu のようなことをやりたいという想いは、自分の頭の中にはずっとありました。そんな時にストバスイベント【ALLDAY】のフライヤーを見て「これカッコイイ!」と思ったんです。「これがやりたい」って。そしたら【ALLDAY】を主催しているKOMPOSITIONと偶然出会ったんです。ホントに偶然。ストバスというマイナーなスポーツを、セパをやってる自分の耳にも入ってくるような流れをつくったのがKOMPOSITION。セパとカッコイイという部分が今までは繋がらないところがあったけど、今度こそこれで繋がりそうだなと思いました。

Q. kelu をどういうイベントにしたいですか?

今回の keluをきっかけに、セパに「魅せる」「観る」という文化を作りたいと思っています。今までセパはマイナーなことを売りにしてきた部分があった。でも、「アンタたちがそれだからダメなんだ」と言われて、ショックだけどその通りだと思ったんです。アルバイトをしながら競技をするのがアタリマエだと思っているなんてもってのほか。子供たちが憧れるようなカッコイイものなんだと提示したい。皆に「セパ、カッコイイじゃん」と思って欲しいし、自分たちも「なんでこんなカッコイイ競技をやらないの?」というスタンスで挑みたいと思っています。協会の公式戦や世界の大会とは違う別の「山」を日本から発信して作っていくことで、セパをやっている子らが目指せるステージをまず作っていきたい。
一過性のブームをつくるよりも、5年・10年後にセパをやっている人がしっかりいて、kelu が目標になっているような、そんな世界を作って行ければと思っています。